2010年8月1日

食事療法の嘘?本当?
-肉の脂・魚の油-


室温で肉の脂は固まるので血液をドロドロにし、魚や植物の油は固まらないので血液をサラサラにするという理屈を聞くと心理的にはなんだかそんな気分になりますよね。実際にはどうなのでしょう。

肉や魚の油脂はそのままの形で血液を流れることはありません。消化管では「グリセリン」というつなぎの骨格部分と一本ずつの「脂肪鎖」に分解されます。吸収される時は胆汁と一緒に小さな「ミセル」を作ります。吸収後は毛細血管にすぐ入るのではなく小腸の細胞の中でまた中性脂肪の形(トリグリセリド)になってカイロミクロンという運び屋さんと一緒にリンパ管を通って大きな血管に入ります。カイロミクロンからは徐々に荷物を下ろすような形で組織や細胞に脂肪が届けられます。肝臓から脂質が送り出される時も脂肪滴が血液中に浮いた状態で運ばれるのではなく、運搬たんぱく質によって周囲から守られた形で運搬されます。

脂質の運搬経路や量は常に厳密な調整を受けていますし、脂質も体に合うように合成しなおされています。ただしたんぱく質のアミノ酸配列がきっちりと決まっているのとは違い、中性脂肪に含まれる脂肪鎖の種類は食べたものによってある程度影響されます。

その結果、健康には「食べる脂肪酸の種類とその割合が重要」という結論が出ています。脂肪鎖が持つ流動性だけでなくそこから派生するエイコサノイド(プロスタグランジンやトロンボキサンといった生理活性物質)がどんな性質かが問題になります。

魚に多く含まれるEPAや月見草、シソ油に多く含まれるαリノレン酸ω3系と言われ、そこから出来るエイコサノイドには血栓予防、抗炎症などの機能がありアトピー性皮膚炎やぜんそくの予防や血栓予防などに効果が期待されています。一方、同じ不飽和脂肪酸でも植物油に含まれるリノール酸肉や卵に多いアラキドン酸ω6系で摂取量が増えすぎると炎症や血栓、アレルギーなどの害が多くなります。ω6比が重要です。

不飽和脂肪酸は不安定で酸化しやすいので新鮮なものを選びあまり高温長時間調理しないことが大切です。古くなった油も酸化しています。また合成した「トランス型脂肪酸」は害があるため使用しないよう勧告が出ています。抽出した油、合成した油は体に有害な物質を含む可能性があると注意した方がよいでしょう。豆、種子、ナッツ、魚そのものなど食品の形でも十分な油脂が摂取できます。また、いずれの脂肪酸も単独で効果があるわけではなく他とのバランスやビタミン、ミネラルの十分な摂取があってこそ効果を発揮するのは当然のことです。

ビタミンB群③
-神経伝達物質の材料-


前回まではエネルギーやたんぱく代謝にビタミンB群が重要という話をしてきました。今回はビタミンB群と神経機能についてちょっと話をしてみましょう。手足を動かすのも神経、考えや感情、記憶も複雑に絡み合った神経細胞(と神経細胞を助けるグリア細胞やアストロサイトなど)の働きによるものです。血圧を調節したり汗をかいたり、ドキドキしたりというのも神経の調節を受けています。

神経内の命令の伝達は「電気信号」によって行われ、神経細胞と神経細胞の連絡は「神経伝達物質」によって行われます。セロトニン、ドーパミン、アセチルコリン、ノルアドレナリン、GABAなどの神経伝達物質の名前は聞いたことがありますか? 実際には分かっているだけでもっともっとたくさんの種類の神経伝達物質があります。

神経伝達物質の多くはアミノ酸からつくられます。アミノ酸を神経伝達物質に変える酵素の多くがビタミンB群を必要とします。たとえばセロトニンでは、葉酸、鉄、ナイアシン、ビタミンB6が最低限必要です。ドーパミンとノルアドレナリンの合成には葉酸、鉄、ナイアシン、ビタミンB6、それからビタミンCが必要であり、抑制系の神経伝達物質であるGABAには、ナイアシン、ビタミンB6が必要になります。

脳と血液の間には、血液脳関門と言って水溶性物質が通過しにくい仕組みがあります。血液中の物質がやたらに脳に入ってしまうと脳の働きが攪乱されてしまうからです。上手に材料を入れて神経細胞自身が合成と分解をコントロール出来るように助けてあげるのが大切です。ついでに言うと血液脳関門があるのでGABA入り食品を食べても脳のGABAは増えません(あくまで材料を入れてあげて下さい)。

分子整合栄養医学の基本である「複数の栄養素をバランスよく、多めに与えてあとは細胞に任せる」という鉄則がここで生きることになります。

次回は、ビタミンB群と核酸の意外な関係について述べることにしましょう。

栄養療法と血液診断


栄養療法を行うときは必ず血液検査をします。栄養療法を開始してからも定期的に血液検査をします。理由は二つあります。

同じ症状でも原因は様々血液検査をしないと原因はわからない

栄養療法の効果の個人差同じ量を摂っても同じ効果になるとは限らない

の個人差については前回も触れています。「血液や尿は体の中で起こっていることを覗く窓」ですから栄養療法は「血液・尿診断に始まり、血液・尿診断に終わる」というほど検査の結果を重視します。

検査では主に次のものを測定します

 

1.    体が作り出しているもの

血球細胞やたんぱく質、コレステロールなど合成能力

2.    体の機能のもとになるもの

肝臓の酵素など機能低下の有無を推定

3.    調節により一定に保たれるもの

カリウム、カルシウムなどの電解質やホルモンなどホメオスターシス(恒常性)の破綻を推定

 

検査の異常が起こる原因にはいくつかのパターンがあります

 

1.     細胞や組織が壊れたことにより血液や尿に漏れだし高値になる場合

2.     材料不足により合成能力および機能が低下している場合

3.     異常に対処しようとしている体の反応を見ている場合

4.     調節能力を超えてしまったためにホメオスターシスが破綻している場合

 

血液と細胞を浸す細胞間液、細胞内は調節機構を働かせながら互いに物質のやりとりをしているのでかなりの程度、血液から細胞内の状態が推定できます。

当院を訪れる方の多くは診断をそのまま受け入れて下さいますが、時折「検診では何も異常を言われていない」とおっしゃる方がいます。検診や一般医療機関の検査では「診断の基準」が違います。検診は病気の発見が目的で「健康だと思われている集団(基準値)から数値が外れているかどうか」を診断基準にします。「集団から外れている=病気」という考え方ですね。栄養医学ではあくまで個人の状態をみます。「その人にとって理想の状態(理想値)からどのようにずれているか」を重要視します。私たちは「目標値(理想値)」を設定して治療の目標を明確にする試みをしています。でも本来理想値も一人一人少しずつ違っています。

見ている数字は同じでも、視点を変えることで新しい世界が広がります。これまでの知識に少しだけ新しい解釈を加えるとよりよい医療を行うことが出来ます。栄養医学はいつでも誰にでも開かれていますので診断に興味がある方はぜひ一緒に学びましょう。

 

「私は能力と判断の限り患者に利益すると思う養生法をとり、悪くて有害と知る方法を決してとらない」

ヒポクラテスの誓い(小川鼎三訳)より